|
ボダナート復旧
ボダナート。
世界のチベット仏教の中心地である。
ここも大きな被害を受けている。
地震直後、ダルバール広場とボダナートの被害の映像が何度も流れていた。
タメル地区からタクシーで30分。
往復で600rps。やはり他の物価と比較すると高い。



ボダナート前の大通り

大通りから入っていくと見慣れた仏塔がある。顔の書いてある塔(仏陀の目)が崩れた写真を見たが、どうやら復旧されたようである。
ネパールを象徴する建築物だけに急いだのであろう。
実はボダナートは初めてである。


30年前、これだけ有名な場所に行っていなかったのか?
記憶をたどっていくと、ボダナート行きはオプショナルツアーであった。
一緒に行ったメンバーがオプショナルツアーのヒマラヤ観光フライトの後、ここに行っていたはずである。
今から思えば、添乗員付きのツアーでここがオプションというのも疑問である。
カトマンズ市内からさほど遠いわけでもなく、午後からは合流してバガンに行っている。
ネパールでヒマラヤと並び一番有名な場所でもあるのだから、最初から組みこまれていても不思議ではないはず。
なぜオプショナルツアーに参加していなかったかいうと、このツアーが当時で35万円と高額であったこと。その上オプショナルツアーはさらに2万円(たぶん)だったので財政的に厳しかったこととカトマンズ市内を自由に歩けるのはこの時間しかなかったのである。
当時から街中を歩くのが好きで、ヒマラヤを空中から見る事より優先したこともある。
ちなみに今回は航空券だけで14万円、宿泊費3万円程度なので、当時の半額である。
年末年始のピークシーズンであったが、当時はまだまだ航空券が高かった時代である。
航空会社間の協定がなくなり、航空券の値段が下がったのが1995年頃、そして近年はLCCの台頭によりさらに安くなっている。
少しでも安く買うために海外発券で買ったこともある。懐かしい思い出である。
そんなこと思い出しながら、入場料200rpsを支払い境内へ。
仏塔(ストゥーパ)の高さは36m、中心には仏陀の骨(仏舎利)が埋められている。
復旧で修復と共に塗り替えられているため外観はとてもきれいである。
チベット仏教のルール、左回りで歩きマニ車を回していく。
仏塔の周辺は土産物屋や寺院で取り囲まれている。
半周したところに塔内に入る入り口があった。
中に入り上っていくと最後の階段は進入禁止となっている。
頂上からはカラフルなタルチョ(お経がかかれた布)がはためいている。風ではためくたびに経を唱えたこととなる。



熱心に祈る人、経をあげる僧侶、やはりここは信徒にとって支えになるところである。そのため復旧を急いだのであろう。
それと全てが倒壊したのではなく上部のみであったのも幸いだった。












ボダナートからタメルに戻り、そこから歩いて王宮博物館へ、ここは元王宮であった場所。
2001年の王族殺害、それに続く内乱により、2008年に共和制が議決され王政は廃止された。それに伴いギャネンドラ国王が王宮を退去し、王宮としての役目を終えたのである。
30年前の国名はネパール王国であったのが、現在はネパール連邦民主共和国である。
博物館正面の通り、カトマンズのメインストリートである。
30年前とほぼ同じ場所から撮ってみた。
1986年の王宮周辺
王宮を警備する兵士
ヒマラヤが見える王宮前の通り
ヒマラヤも見えていたほど牧歌的であったが、今は、他のアジアの都市となんら変わらない風景である。
パタンの午後へ
表紙へ
海外旅行目次へ
|