地震の爪痕


ダルバール広場に到着。
目の前の光景に言葉がでない。
これが地震の爪痕なのか。
私の目には2年経つのに何も修復が終わっていないように見える。

























建物を柱で支えるなんて、漫画のようである。
瓦礫の山のままの建物のあるある。
後で知るのだが、これでも修復が進んだほうだという。
タメル・ストリートでは地震の痕跡を見ることはなかったが、ここでいきなり見せつけられるとは。
しばらく道端に座り込んで呆然としていた。


























クマリの館も支えがあるが、今もクマリが生活していること。
16時にはクマリが毎日恒例の顔見せをおこなった。(撮影禁止)
倒壊の危険性があるため建物に沿った道路の一部は閉鎖されている。



















ダルバール広場の入場料は1日1000rsだが、パスポートを提示し書類を記入すればビザに有効期限内有効のパスを発行してくれる。














倒壊している建物も多い。
ただカール・バイラヴ像は無事だった。
これまで倒壊していたら人々を支えるものがなくなってしまう。




























































































いっぽう多くの人が何事もないかのように広場に集い、像に祈りをささげたり、判部崩れた店舗で営業をしていたりする。
周辺の路地に入ってみたが、瓦礫の山も数多くある。
人々の日常は変わらない。



















地震から2年、日本では地震があったことを忘れられている。(それは当然である。世界各地で次々と自然災害、紛争が発生している。そのため南アジアの小国の地震は過去の出来事として追いやられている。)
お金のない国だが、日本を始め多くの国の力を借りて徐々に復興していくだろう。

























夜、Nさんと待ち合わせをしていた。
Nさんは本職以外で、ネパールの女性が収入を得られるよう支援している。
会うのは4年ぶりである。
約束の時間になっても現れない。
携帯も繋がらない。
結局、1人で夕食となった。
































後日、連絡があり、田舎でインターネットや電話も繋がらない場所でバスに乗り遅れカトマンズに戻ってこれなかったとのこと。
まぁ、こういうこともあるさ。
部屋に戻るのが惜しくて、もう少し町を歩く。


早朝のダルバール広場

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