ホーチミンとベトナム独立


遺跡を出て、隣の建物へ。
本命のベトナム軍事歴史博物館。

入場料40,000ドン+カメラ持ち込み料30,000ドン。
ベトナムの近代戦争におけるベトナム軍の歴史である。
入り口を入るとすぐにMig21戦闘機が展示してある。
撃墜数14、ベトナムの英雄ファム・トゥアンの乗機である。
そして反対側の建物の入り口にはT54B戦車、1950年4月30日サイゴン陥落の際、大統領官邸に一番最初に突入した戦車である。
この写真は今でもよく覚えている。
この2つの遺物はベトナムの国宝となっている。









下記の写真と車番が異なっているが、戦争時、南ベトナムには北ベトナム軍はいない
ことになっていたため所属分隊、国籍などは隠していたのである。





AFP via Getty Images




屋外の戦闘機、戦車、館内のホーチミンが何を指示したのか、特にサイゴン陥落の侵攻作戦の図など興味深く見入っていた。
サイゴンでは戦争証跡博物館があり、フエでは戦闘機などの大量の遺物の展示がある。













ハノイに作戦司令部が置かれ、ホーチミンはここから指揮を執っていたのである。
ここが一番、遺物や資料があるはずと思っていたが、想像どおりであった。



サイゴン攻撃のための作戦ルート












そして一番見たかったのが撃墜したアメリカ軍のB52などの飛行機で作られたオブジェである。
その中央には女性兵士が飛行機の胴体の破片を引っ張っている写真が置かれている。
この写真もベトナム戦争を象徴する1枚である。
オブジェと写真が一体となり、ベトナムがアメリカに勝ったことを告げている一方で、私は戦争の愚かさと残酷さをリアルに感じたのである。









手前に転がっているのはB52のエンジン

ホーチミンという傑出した人物がいなければ、今のような統一されたベトナムではなかったかもしれない。
展示されているホーチミン関連し遺物や資料、屋外に掲出している40周年記念ポスターなどを見ていると、この国はホーおじさんの国なのだなと実感するのである。
私のベトナム戦争の知識とすりあわせながら館内を巡っていると、2時間以上経っていた。









ベトナム戦争の映画やドキュメンタリーに必ず登場するUH-1







アメリカ軍のパットンM48戦車







手前がアメリカ軍のF5EタイガーⅡ、奥が北ベトナム軍のMig21、その奥がMig19

外に出て通りの標識を見ると「ディエンビエンフー」通となっている。
1954年フランス統治時代、ディエンビエンフーの戦いでベトナム軍がフランス軍に勝利した土地である。
軍事博物館の前の道が第一次インドシナ紛争勝利の象徴的な地名なのは、たまたま符合しただけであるが、この国の長い紛争の歴史を考えさせられる。

そこから10分程歩き、ホーチミン廟へ。
廟の前のメインストリートは車の進入が禁止されている。
3日前の4月30日にはどれだけの人がここに集まったのだろう。




















入場できるのは午前中のみなので、私は廟の前で手を合わせた。



首都の夜

表紙へ

海外旅行目次へ