儀式と迷路


早朝、陽の出前。
昨晩の「エアコン爆発」以降は何事も起こらなかったが、一晩フライファンを回していたので身体が重い。
本来であればガートに行って、陽の出や朝の沐浴する人達を撮るつもりであったが、この天気では陽の出も期待できないし、ガートは水没していることもあり、おそらく撮影は無理であろう。
その代わりに屋上に上がってみた。
レストランの従業員が眠っている横を抜けて、屋上への扉の鍵を開けて外に出た。







空は厚い雲に覆われているが、隙間に微かに陽の光が。
一瞬の陽の出、それ以降は、また厚い雲に覆われてしまった。
それで良しとしましょう。







陽も昇ったので宿を出てガートに向かった。
昨日、「花」を流したガートに行くと、多くの若者がガンガーに浸かり、導師が船の上で教典を読んでいる。
本来であれば、ガートの階段で行われる儀式なのだろうが、階段が水没しているためこのような形なのだろう。
この光景を見ていると、ガートが水没していなければ、もっと様々な信仰の風景を見ることができたのだろうと思うと少し残念な気分になった。































さて、朝ゴハンにしましょうか。
昨日、路地を徘徊していた時、一軒のレストランが目に止まった。店内はバックパッカー達で席が埋まっていた。なんてことのない店だが、若い頃の旅では、このような店ばかりで食事をしていた。安く食べることができ、また、時には日本食らしきものが食べることができる旅行者向けの店である。

久しぶりに、そのような店で食べたくなり、行ってみた。
店の名前は「スパイシー・バイツ」、すでに8割以上席が埋まっていた。
客のほとんどは東洋人で、聞こえてくる言葉からすると日本人と韓国人半々という感じであり、年齢は20代がほとんどであろう。
メニューには「親子丼」まであったが、結局、野菜カレーとプーリーとチャイの50ルピーの定食を注文。


ヴァラナシに来て気付いたのだが、東南アジアやヨーロッパで絶滅危惧種の「日本人バックパッカー」がかなり生息しているということ。

日本人、韓国人に共通しているのがメッセンジャーバッグとデジタル一眼レフやミラーレス・カメラをたすき掛けしたスタイルで歩いていること。
たしかにインドではカメラを肩から提げて歩いていても身の危険は感じない。
この店でも、どのグループのテーブルの上にもこの手のカメラが置いてあり、モニターで撮影したカットを確認しあっている。
ふだんスマートフォンでしか撮影しないが、旅に出るとなると特別なのだろう。
特にインドは「絵」になる光景ばかりであるし。


入り口近くのテーブルには、この店の上のホテルで知り合った若者のグループが食事をしている。そのうちの一人は声がよく通るので、離れた席に座っている私にまで、彼の話している内容を聞こえてきた。
今まで、何カ国に行って、どの国は良かったなど、旅の先輩の話である。
おそらくグループの中には旅の初心者もいるのだろう。
一種自慢話であるが、「昔は、このような旅人が何人もいたよな。」と微笑ましく聞いていた。











































11時チェックアウト。
精算すると650ルピーだった。エアコン部屋は950ルピーだったはずなのだが、昨晩の「エアコン爆発」でディスカウントしてくれたのかは不明である。
安くなった理由を聞くと藪蛇になりかねないので黙っていた。
しかし、この路地はトランクを引きずってくる場所ではないな。









ゲイトウエイ・ホテル・ガンジス向かうオートリキシャのドライバー

それではオートリキシャに乗り、今宵の宿に向かうことにしよう。
今宵の宿は「ザ・ゲイトウエイ・ホテル・ガンジス」、タタ・グループの五つ星ホテルである。



鹿野苑と五つ星ホテル

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