竹林の間につづく小径では、それでもまだ涼しかった。





視界が開けると、山の端(は)に浮かぶ雲を見て「ああ、もう夏の雲だ」と彼は言う。
今日初めて、空を見上げたかも。







嵯峨野の空から降るように、そのフレーズがきらっと頭を通り過ぎる。






夏は青い空に・・・・・・
つづきはなんだっけ。











夏は青い空に、白い雲を浮ばせ、
  わが嘆きをうたふ。
わが知らぬ、とほきとほきとほき深みにて
  青空は、白い雲を呼ぶ。









中原中也がよぎるとは久しぶりだ。







ひとりで旅に出たのは3年振りだ。
3年前、ウズベキスタンが暑かった・・・・・・だけど京都の暑さは、また別の種類。







遠い国へは覚悟して出かけるけど、
おなじ日本なのに、
新幹線で2時間なのに、
こんなに東京と暑さのレベルがちがうの。






無意識のうちに目が涼を求める。
光る川面、
落葉樹が砂利道に落とす影、
池の底に沈む葉、
その池を渡るあめんぼ。







ここへ来る前、お昼に入ったうどん屋さんで、年代物らしい小さなテレビが、モノラルな音で京都の梅雨明けを告げていた。


「ああ、やっぱり梅雨明けしたんだ・・・・・・」
「夏が来たのね・・・・・・」



きつねうどんの揚げは、一口に刻んであった。
刻みのきつね、初めて食べた。
おみそ汁の具みたいだ、とはじめは思ったけれど、今日のような暑い日には食べやすくて助かる。







高雄の高山寺と神護寺には、休日だというのに人影もまばらだった。



















祇園祭の山鉾巡行がきのうで終わり、今日から京都に来る人間は「へえ!変わっている」といったところなのだろう。









「お客さん東京からですか、きのう来はったらよかったのに」
何度も言われた。






紅葉もなく、桜もなく、お寺への参道は修行めいた石段。
秋にはここが全部真っ赤に染まって・・・・・・











春には頭上に桜のトンネルがかかるだろう・・・・・・






緑したたる庭園や参道に目をやり、頭の中で数ヶ月前、数ヶ月先の光景を描く。








梅雨明けの日の真っ昼間に、
こんなせっせと観光して回るなんて、
旅行者じゃなきゃ絶対にしないだろうな。









でもいいさ。








これは忘れられない日になるわ。


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